虹の橋からのお迎え

時というものは、経つのが早い時もあれば遅い時もあり
心の状態で感じ方というものは変化するものですね。
私にとっては、とても長い長い10日間でした。

久しぶりの更新です。


今日はわたくしごとな話なのと決して明るい話ではないし
スピリチュアルな内容等がありますので
興味ない方はスルーでお願いしますね。




わたしはこの春、実の父を病気で失いました。

そして先日、おととの父、私にとっては義理の父が
天に昇って逝きました。


この世から「父」という存在を失ってしまった




実父とは、親子でありながらも最後まで理解されることなく
娘らしい言葉ひとつもかけられることもなく、
父は急いで天へ昇って逝きました。
そのときの私の涙は「無念の涙」でした。


義父は
とってもきれいな満月の夜を過ごし
41日ぶりの快晴の日に
病室に家族が居たにもかかわらず、誰も気づかないほど静かに
眠るように息を引き取りました。


じいちゃんは、とっても優しくまじめな穏やかな性格で
誰からも信頼され、いざという時には自分がバカになってでも
尽力を尽くす人でした。



だから人望も厚く、歳をとってからもご友人との交流を大切にし
また兄弟からもとても慕われていたことが
お葬式でよくわかりました。

特に孫たちはとっても可愛がってくれました。
物を与える可愛がりではありません。

物より思い出。

昔の遊びを教えてくれたり、公園やバーベキューへ連れてってくれたり
真面目な性格なので教えも丁寧です。
たくさんの思い出が、子供たちの心の中に深く刻まれています。

だからふたりとも、じいちゃんの事が大好きでした。


おばあちゃんが入院してから
施設で過ごし、落ち込んでいたじいちゃんに、
寂しい想いをさせないように
毎日、誰かが訪問しました。

こと、おにキンは日本酒が大好きだったじいちゃんに
おつまみとお酒を持参し、施設で何度も一緒に晩酌していました。

唯一の男孫のおにキンとの晩酌が、じいちゃんにとっては
楽しみな時間だったのには間違いありません。


私が訪問すると、「○○○○の選んでくれたお酒は間違いない」と
嬉しそうに話されていました。


娘は毎回、「ひまわり」を一輪持って行きました。
若い頃に中国でお仕事していた時の思い出のお花です。
リクエストはいつも「ひまわり」でした。
「○○の持ってきてくれた花だから」と
枯れかけていても捨てようとはしませんでした。

そんなじいちゃんを失った私達の心には、
今ポッカリと穴が空いてしまっています。

私の流した涙は間違いなく「感謝の涙」でした。



おととのおうちは昔、小さな可愛いマルチーズと
セキセイインコを飼っていました。

マルチーズの「チャチャ」は、とってもおとなしくて
言う事をとても理解する子だったそうです。
家族にとても可愛がられました。
14才の犬生を終えて今から約28年前に虹の橋へ旅立ちました。
もちろん私が嫁に来る前の話で、写真でしか拝見しておりません。



セキセイインコの「ピッチー」は、私の娘がお腹にいるときに
商店街を自転車で移動中、突然私の頭に止まってきた子です。

たくさんの通行人が行き交う商店街なのに
なぜか私の頭めがけて飛んできたピッチー。

picchi-.jpg

すぐ近くに長男が通う保育園があり、預けて張り紙をしたけれど
飼い主は現れませんでした。

その保育園、なぜかお米をインコに与えるという
なんとも信じがたい保育園だったため
このままでは、死んでしまうとおととに了解を得て
我が家へ救出したのでした。

しかし私もその時、臨月。
どうしようかと困っているときに、
義父母が快く「預かるよ」と言ってくれたのです。

最初は「預かる」ということだったのだけど、
動物の好きな義母は、それはそれは可愛がってくれて
いつもまにか おととの実家の子になったのです。

ピッチーはセキセイにしてはとっても長生きの9歳で虹の橋へ旅立ちました。



義父のお葬式の時の話です。

私のとっても信頼している親族のひとりに「動物の霊」が見える方がいます。
普段から道端で猫を見かけたり、ハムスターを肩に乗せてる人を
毎日見ているそうです。

お焼香が始まり少し時間が経ったときに、私の足を何かがかすって行きました
何度もふくらはぎをかすってゆきます。
「あれ?なんだろう?」と見ましたが私には何も見えません。

その方にお葬式が終わってから詳しくを聞かせてもらいました。
その話を書いてゆきます。


お焼香が始まり少し経った頃、小さな真っ白い犬が式場内を
全速力で走っていたそうです。
嬉しくて嬉しくてたまらない。そんな感じです。

少し経つと、鳥が会場を羽ばたいて飛んできました。
その鳥はひとしきり飛びまわったあと、おととの肩に止まって
頭をむしっていたようです。
ピッチーです
ピッチーはおととのムースのついた髪をむしるのが好きでした

その方は普段はまったく人の姿は見えないそうですが
いよいよ出棺するために、義父の棺桶を親族の男性が手を添えて
車に乗せました。
車のドアが閉まる瞬間、白装束の義父の姿がはっきりと見えて
目が合い「さよならやな」と、優しくほほ笑んだそうです。



焼き場に到着し、最後のお焼香の間も
チャチャは嬉しくて走り回っていたそうです。

そして最後に、棺桶の入った焼き場のドアが閉まる瞬間、
チャチャは猛スピードで閉まるドアへ飛びこんで行ったそうです。



不思議なのは、その後、精進落としを頂いてる時
ピッチーはおととの肩にずーと止まって
頭を必死にむしっていたそうです。

気付いた時には居なくなっていました
おそらくこの時、父と共に天へ昇っていったのだと思います。
その後、お骨拾いへ向かいました



小さな白い犬とセキセイインコ
紛れも無く、チャチャとピッチーだったのでしょう。
きっと、虹の橋からじいちゃんをお迎えに来てくれたんでしょうね。



私は普段、そういうスピリチュアルな能力はありません
無宗教者です
何も見えません

信じる信じないではなく
理屈ではわからないものをある人を通じて知り得た。
ただそれだけです


他にも物体としては認識できないけれど、
明らかにこの世の人ではない人が居るとわかったそうで
5名ほどお迎えが来てくれていたようです



自分のゆかりのある人がお迎えに来る

可愛がっていたペットが虹の橋から迎えに来る

このことは、おそらく本当なのでしょうね
そう確信できた1日でした


そのことで言うと、可愛がってたペットが亡くなっても
いつか人生を全うした時に会える!

そう思うと生きとし全てのものが愛おしく思えて
怖くない 寂しくないですね


斎場でお骨を拾っている時に、娘が棺に納めた「折りヅル」が
灰となりそのままの形で足元に残っていました。
はっきりと「ツル」だとわかる灰です。

直径1cmほどの小さな紙のツルです。

娘が頭部としっぽを直角に折ってあったので、
「頭部としっぽは、こうやって少し開いて折るんよ」と
私が手直しした真っ白な折り紙で折ったツルだったので
すぐにわかりました。

高温で熱せられた中、どうしてくっきりとわかる形で残っていたのかは
私にはわかりません。
とても不思議な体験でした。



今回、じいちゃんはたくさんのことを私達家族に教えてくれました。

じいちゃんは生前、とても信仰心が厚く、よくお経を唱えていました。

81歳
とても清らかな方でした。
たくさんのお迎えに誘導され、無事成仏されたと安心しています

でも、私達の心にはポッカリと穴が空いてしまいました。

嫁として可愛がって頂き、
じいちゃんには、小さな言葉がけひとつ取っても
どれだけ癒してもらったことか・・・




私がヘルパーをやっている時に
脳のご病気で手足が不自由になってしまったおばあちゃんがおられました

彼女はとても努力家で一生懸命リハビリに励み、
私が訪問したのはたった1回でしたが
お部屋の真ん中に色紙にこう書いてありました。


悲しみは 時が癒してくれるから

喜びは 時が運んでくれるから

前を向いていればいい



この色紙を読んだ時、「宝物を得た」ありがたい気持ちになりました

この言葉はこれから先も私の宝物です

時が癒してくれるのを待ちます



がしかし、私でこの気持ちです。

長年連れ添った母は、今まだ入院中で父を失った悲しみと
病気と闘っています。


お待たせしているお客様、大変申し訳ありませんが
少しお時間いただきますね。

心の穴がふさがり次第、また心を込めて描かせていただきます。

しばらくお時間を下さいませ。



このことを通じて、ますます「O次郎とくうやんの存在」が更に愛おしくなりました。

縁あって家族になる動物には、きっと大きな意味と宿命を持って
家族になるのだと思います。

動物は見返りを求めません
そんなピュアな生き物なのです

人間の都合で不幸になってしまう子が少しでも減りますように
救われますように


たくさんのことを、じいちゃんに教わりました

とても感謝しています

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